AI機能をモジュール単位で段階導入する手順──必要な機能からスモールスタートする
参照したAIgram
目次
- 概要:AI導入は「必要な機能から少しずつ」という形が、事例に共通して現れている
- AI導入は全社一括ではなく、機能を切り出した単位から始める形が事例に共通している
- 最初のモジュールは、業務のなかで範囲を限定できるところが選ばれている
- 段階導入を成り立たせるのは、後から機能を足せる基盤側の設計である
- データの定義や環境の分断を先に片づけないと、次のモジュールへ進めない
- 機能を足すだけでは使われず、使い方を習得する段階を並行して置いている
- 拡張の順序は、先行した範囲の結果を見てから次へ広げる形で決められている
- 段階導入の効果の定量把握は、多くの事例でこれからの課題として残っている
- 結論:小さく始め、足せる土台を用意し、結果を見てから次へ広げる
概要:AI導入は「必要な機能から少しずつ」という形が、事例に共通して現れている
AIを仕事に入れようとすると、「まず全社でどう使うかを決めなければ」と考えがちです。ただ、実際に公表されている事例を並べてみると、多くは全社一括ではなく、機能や業務の範囲を切り出した単位から始まっています。
NTTデータ先端技術がKVM基盤「Prossione Virtualization」で提供する導入・運用支援サービス ProssioneのAIOps運用自動化 は、AI機能との一体設計により運用の属人化を防ぐほか、モジュール単位での導入に対応するとされています。必要な機能からスモールスタートし、利用状況や要件の変化に合わせて段階的に拡張できる、という考え方です。
ヤンマーホールディングス ヤンマーHD、QDIC採用と生成AI自動化を一部運用 は、現在1事業部で先行しているPSI(生産・販売・在庫)分析を全事業へ展開する方針で、生成AIを活用したワークフローの自動化も一部で運用を始めています。神戸市の庁内AI基盤「KOBE AI PORT」 神戸市KOBE AI PORTの庁内AI活用 は、汎用チャット機能、プロンプト集、そして議事録作成・アンケート集計・音声解説生成の専用アプリケーションで構成されています。マイナビ マイナビがCopilot浸透で利用率93%へ では、Copilotの利用率が2024年に44.5%、2025年前半には93.0%に達し、DifyのAIアプリを公開する際には利用前後の業務時間などを報告させ、費用対効果の定量把握を目指しています。
この記事では、こうした事例から、最初に選ばれる範囲、それを支える基盤側の設計、並行して必要になる使い方の習得、そして次へ広げる順序という流れで、段階導入の手順を読み取っていきます。
AI導入は全社一括ではなく、機能を切り出した単位から始める形が事例に共通している
まず、提供する側の設計そのものが「分割」を前提にしている例があります。
Prossione Virtualizationの導入・運用支援サービス では、AIOps機能がモジュール単位で提供されます。そのため、必要な範囲から導入し、運用状況の変化に合わせて段階的に拡張することが可能とされています。最初からすべてを入れる前提ではなく、後から足せることが仕様として書かれている点が特徴です。
同じ形は、小さなサービスの出し方にも見られます。株式会社A2Zは、バックオフィス自動化AI「ヤスラク」の請求書受取と工数管理という2つのサービスを、β版として同時に提供開始しました A2Zヤスラクの請求書受取・工数管理β版。バックオフィス全体をまとめて置き換えるのではなく、業務を切り分けた単位でサービスが出てきています。
つまり「スモールスタート」は、使う側の心構えというより、提供される機能の切り方そのものに現れています。
最初のモジュールは、業務のなかで範囲を限定できるところが選ばれている
では、最初の一つに何を選ぶのか。事例を見ると、範囲をはっきり区切れる業務が選ばれています。
ヤンマーホールディングス では、データカタログ「Quollio Data Intelligence Cloud(QDIC)」採用の成果が、事業部レベルのPSI分析ですでに表れています。製造拠点と販売会社の各基幹システムからデータを収集し、実績計上のタイミングや洋上在庫などの在庫区分について、QDIC上でデータ定義を明文化・公開しました。全社のデータをいちどきに整えるのではなく、一つの事業部の一つの分析から始めています。
神戸市 でも同じです。リコージャパンとリコーITソリューションズが作成したのは、会議の文字起こしデータから議事録形式の文書を生成する「議事録作成」、Excelで一覧化されたアンケート結果を要約し可視化する「アンケート集計」、テキストデータをもとに解説用の音声データを生成する「音声解説生成」の3つのアプリケーションです。いずれも入力と出力がはっきりしていて、成果物の形が決まっている作業です。
マイナビ のAI推進を担当する清野凌氏は、Copilot導入当初にAI利用が広がらなかった理由として従業員の多忙さを挙げる一方で、利用する業務を絞り込めば効率化につながる見込みはあった、と述べています。範囲を絞ることは、妥協ではなく、忙しい現場で最初の一歩を踏み出すための条件だったわけです。
段階導入を成り立たせるのは、後から機能を足せる基盤側の設計である
小さく始めた後で困らないためには、足せる前提の土台が要ります。
Prossione VirtualizationのAIOps機能 は、AIエージェントやMCPサーバ、各種連携ツールで構成されています。MCP標準に準拠しているため、既存システムや外部ツールとの連携に加え、利用するLLM(大規模言語モデル)の変更にも対応するとされています。後から別のツールやモデルに替える余地が、あらかじめ確保されている形です。
さらに生成AIについては、クラウド型とオンプレミス型を選択でき、企業の運用方針やセキュリティ基準に応じた構成を実現できるとされています。どこでAIを動かすかを選べることは、部門ごとに事情が違う場合に効いてきます。
神戸市のKOBE AI PORT は、インターネットを経由せずLGWAN環境から直接アクセスできます。これにより、ネットワーク間のファイル移行作業を必要とせず、自治体独自のナレッジを共有・活用できるようになりました。アプリケーションを一つ増やすたびに手作業が増える構造では、段階的な拡張そのものが重くなります。土台の側でその摩擦を消していることが分かります。
データの定義や環境の分断を先に片づけないと、次のモジュールへ進めない
土台の話をもう少し具体的にすると、多くの現場でつまずくのは「データの意味」と「環境の分断」です。
ヤンマーホールディングス は、事業会社ごとにビジネスモデルが異なるため、基幹システムを単一に統一せず、各事業に適したシステムの選択を認める方針をとっています。この方針は機動力を高める一方で、システムごとにデータ形式が異なるという課題を生みました。現場では複数システムから抽出したデータをExcelで手作業で突き合わせる運用もあり、データの抜け漏れや誤りのリスクがあったといいます。だからこそ、先にデータ定義を明文化・公開する必要がありました。
神戸市 は、Microsoft Copilotの全庁導入や生成AIを活用したFAQの整備を先行して推進していました。それでも、LGWAN環境とインターネット環境の分断によりファイル移動などの手作業が発生して利便性を損なっている点、AIへの指示入力(プロンプト)の精度の差によって回答の精度にもばらつきが生じる点が、課題として残っていました。
ツールを入れること自体は済んでいても、その手前の条件が残っていると次へ進めません。段階導入では、この「片づけ」も一つの段階として数えたほうが実態に合っています。
機能を足すだけでは使われず、使い方を習得する段階を並行して置いている
機能が増えても、使われなければ意味がありません。事例では、機能の追加と並んで、使い方の習得が置かれています。
マイナビ は、主要な全国20拠点を訪問して対面のAI勉強・相談会を実施しました。あわせて社内のナレッジ共有サイトを整備し、利用ガイドラインの制約も段階的に緩和していきました。顔を合わせて話すことで、「これは聞くほどでもないか」と思われがちな質問まで引き出せた、と清野氏は語っています。
神戸市のKOBE AI PORT では、チャットでの指示をプロンプト集から選択するだけで実行できます。生成AIの回答には根拠となる参照資料が明示されるため、AIに関する専門知識がない職員でも扱いやすく、回答内容の信頼性を確かめながら使えます。学習の負担を、仕組みの側で軽くしている形です。
学ぶ側を支えるサービスも段階的に組まれています。ABCash Technologiesとx3dが提供するAIZUS AIZUSで13種AIを業務へ定着する研修 は、2カ月・全8回のワークショップで、Lv.0のプリスキルから、Lv.1の高度な問いかけ、Lv.2の高度なインプットとナレッジマネジメント、Lv.3入口のエージェント的活用へと段階的に学ぶカリキュラムを組んでいます。機能の段階と、人の習熟の段階は、別々に進む二本の線として扱われています。
拡張の順序は、先行した範囲の結果を見てから次へ広げる形で決められている
次にどこへ広げるかは、あらかじめ全部決まっているわけではありません。先行した範囲の結果を見てから決められています。
ヤンマーホールディングス は今後、SCMや在庫コントロールだけでなく、製品別連結損益の把握やグローバルでのタレントマネジメントなど、経営が迅速な意思決定を求める領域へ活用範囲を広げる方針です。まずPSI分析で環境が整いつつあり、そこから領域を伸ばしていく順序になっています。
神戸市 は、職員からのフィードバックや業務上のニーズを踏まえ、現場に定着するAI基盤となることを目指すとしています。次の機能は、使った人の声から決まる建て付けです。
マイナビ の場合は、結果を見たことで課題が見つかりました。社内調査で、課長・部長クラスの管理職の43%がAI活用度の低い「未活用・受動的な活用層」と判明したのです。これを受けて2026年からは、全管理職約3000人を対象にオンライン学習コンテンツの受講を必須化しました。全体の利用率が上がっても、層ごとに見ると差が残る。次の一手は、その差を見てから打たれています。
段階導入の効果の定量把握は、多くの事例でこれからの課題として残っている
一方で、正直に押さえておきたい点があります。段階導入の効果を数字で示すことは、多くの事例でまだこれからです。
マイナビ は、DifyのAIアプリを公開する際に利用前後の業務時間などを報告させ、費用対効果の定量把握を目指しています。目指している段階であり、確定した数値が示されているわけではありません。
「ヤスラク」の請求書受取と工数管理 について、確認できる実施済みの到達点はβ版の提供開始です。導入企業での利用状況、AI処理の詳細、削減時間や費用などの成果は確認できません。ヤンマーホールディングス の事例でも、生成AIを用いたワークフロー自動化については、対象業務、利用製品、定量的な効果は明確にされていません。
段階導入を検討するときは、「他社がこれだけ削減した」という数字を探すより、自分たちで測る仕組みをどこに置くかを先に決めるほうが現実的だ、ということです。
結論:小さく始め、足せる土台を用意し、結果を見てから次へ広げる
ここまでの事例から、AI機能をモジュール単位で段階導入する手順は、次のように整理できます。
- 切り出せる単位で始める。 Prossione Virtualizationの導入・運用支援サービス では、AIOps機能がモジュール単位で提供され、必要な範囲から導入して運用状況の変化に合わせ段階的に拡張できる構成がとられています。
- 範囲を限定した業務を最初に選ぶ。 ヤンマーホールディングス は1事業部のPSI分析で先行し、そこから全事業への展開と、より広い領域への活用範囲拡大を方針としています。
- 足せる土台と、残った課題の解消を先に置く。 神戸市 は、先行して全庁導入したCopilotで残った課題に対し、LGWAN環境から使えるAI基盤と3つの専用アプリケーションを整備し、職員が日常業務で生成AIを活用できる環境を整えました。
- 使い方の習得を並行させ、結果を見て次を決める。 マイナビ では、AI推進の取り組みを重ねた結果Copilot利用率が93.0%まで上がった一方、管理職層の未活用が課題として残り、対象を絞った施策を追加しています。AIZUS は、AIを学ぶだけで終わらせず仕事で使いこなすことをゴールに、少人数ワークショップと講師の伴走、1年間のコミュニティを組み合わせています。
最先端の手法や新しい発想がなくても、始められる範囲は必ずどこかにあります。まずは自分の職場で、入力と出力がはっきりしている作業を一つ選ぶこと。そして、後から足せる形にしておくこと。事例が示しているのは、その積み重ねの手順です。